2015/05/16

大阪のスカイツリーはカラカラと海風に揺れて【銀色紀行】



大阪の堺。観光として浮かぶのはどんなものだろう?

旧石器時代から人が定住していたということもあり、今でも数多く残る古墳群だろうか。それとも、何百年も泉州地区に伝えられてきた、美しくも力強く観衆を魅了するだんじり祭りだろうか。
でもいつでも観れる面白い物となると、何かあったかなあと考えてしまったりする。

今回はそんな堺の、面白いものに出会った話をしたいと思う。


南海本線の堺駅から波止場へ向かって15分程歩くと、堺旧港へと到着する。



古くは海外貿易港として栄えたここは、リゾート地としての開発を経て、今では個人のヨットやクルーザーが多数係留する場所となっている。
おそらく裕福な人々の所有物であるそれらは、パンピーの私にはまあ縁はないかもしれないが、こんな晴れた日に海へ出るとさぞ風が気持ちいいことだろうと思う。

そして係留所の先の北波止場には、こんな像が立っている。




龍女神像(りゅうじょしんぞう)、つまりは乙姫様の像だ。

リゾート地として栄えた明治時代に、平和と繁栄のシンボルで建てられたという。だが、その後時代の流れとともに撤去されて、今の像は2000年に記念事業で復刻されたものだ。
土台を合わせると26mにも及ぶという巨像であり、見上げると青空に映える。

しかしながらこの像の存在を知らない人が見たら
「…なにこれ?」「なんでこんな所に?」「堺市と乙姫関係なくね…?」
と思わず口にせずにいられないだろう。



今日のお話は、そんなちょっと珍しい像…





の、後ろ。




実は、こんなことになっているのだ。
何やら、不思議な造形物で溢れている。

「いやいやいや、なにこれ…?」「なんだよ…なんなんだよ…?」「乙姫像よりこっちの説明をしてくれよ堺市…」と、更に呟いてしまうような光景が広がっているのである。



白っぽいものは、近づいてみると全てペットボトルである。



500mLや2Lのペットボトルが、ブスブスとボウルに突き刺さっている姿はまるで新しい生物のようである。
たまに家の軒先で空いたペットボトルを再利用して花壇にしたり風車にしたりしている人はいるが、ここまで沢山の数を利用した作品を飾っている人はまあ見たことがない。


思わず放心してそれらを眺めていると、何やら茂みの奥にガサガサと動く人影が居ることに気付いた。
――老人のようだった。
だが、普通の老人とはどこか違う雰囲気だ。私の勘だけれども、この老人は絶対にこのペットボトルに関係している気がする。

「すみませ~ん、これ、凄いですね。作った方ご存知ですか?」



「これ?ワシが作ったんや〜!面白いやろ〜!」

やはりというか何というか、案の定作者の方だった。嬉しそうにそう教えてくれたこの方の名は、山本茂夫さんというそうだ。


山本さんはもともと、株式会社クリエイションというクルーザー販売等を行う会社の社長であった。先ほど横目で見た多数のクルーザーも、ここクリエイション堺本店に関わるものだ。

クルーザー販売業、ちょっと考えるだけでも桁外れの金が動く世界だ。その経営は始終順風満帆だったかどうかは知らないが、穏やかな海と荒れた海があるように、浮き沈みはあったに違いない。
とにもかくにも社長を引退した山本さんは、今はその会社の近くで静かに暮らしている。

そしてそんな大冒険を終えた海の男を、今最も夢中にさせているのは他でもない。
このペットボトルなのである。

▲満開のペットボトル花に囲まれる山本さん

「作ったきっかけ? 堺ってあんまり観る所ないやろ。こんなんがあったら面白いと思って。」

「ペットボトルは凄いぞ〜。なんでもできる!これもあれもみぃんな、拾ってきたペットボトルや。ボウルや材料は百均やホームセンターで揃えたし、全然お金はかけとらん。」


クルーザー販売会社の元社長だ、もっとお金をかけても良さそうだが、ペットボトル作品においては譲れないものがあるらしい。
ここにあるペットボトルもすべて拾ったものというから驚きだ。道端に捨てられてる汚いペットボトルは、山本さんにとってはゴミではない。言わば宝のようなものらしい。

そして注目して欲しいのはこの電気ケーブルである。


  

そう。昼間も凄いが本当に凄いのは夜。なんとこのペットボトル、全て夜間に光るのである。ペットボトル独特の幻想的な光によって、他には決して無い夜景スポットとなるのだ。
夜間のライトアップは行ってのお楽しみ。是非カップル等で訪問してみてほしい。




「かなりの数がありますけど、何個ぐらい使っているんですか?」
「そんなん数えたこともないわ〜!」

広々としたスペースだ。ざっと見てもその数は100や200どころの話ではない。

「集めるのも大変ですよね~」
「そうや、意外と大変なんやで。」

  
「ペットボトルのゴミの日が、ワシにとっての勝負日やねん。」

そう言って、山本さんはカウボーイ・ハットをぐいと持ち上げた。この面白い老人には、カウボーイ・ハットがとても良く似合うと思った。




〜〜〜〜〜〜〜




作品のひとつひとつを見て行くと確かに興味深い。
例えばこちらの作品。え?猫除け?
いやいや、ただペットボトルを並べたそれとは全く違う。


よく見ると、大きな渦を巻くように形に並べられている。実はあの葛飾北斎の『富獄三十六景』の中の『神奈川沖浪裏』をアレンジしたものだそうだ。
『神奈川沖浪裏』といえば、迫力のある大波と今まさに呑まれんとする船、そして背景に富士。言わずもがな日本の浮世絵の中で一番知られている作品だ。
まさか北斎も、未来のゴミで表現されるとは考えてもなかっただろう。


波が来ている方を向くと、乙姫の像が立っており、その先に大阪湾が広がっている。全ての海が繋がっているなんて昔どこかの誰かが言っていた。北斎の海と、浦島太郎の海と、大阪湾と、そして山本さんの頭の中の海も全て繋がっているんだろうか、なんて妄想をした。水の入ったペットボトルが太陽光を反射させて、まるで波しぶきのようにキラキラと光っていた。


作品の中でもう一つ目を引くのは、天高く突き出るタワーのようなものだろう。
しかもこの配色は、何処かで見た気がしなくもない。


実はこれ、スカイツリーなんだそうだ。塔の先は使わなくなったブイ、本体は勿論ペットボトル。後ろの像と比べると、その高さに驚かされるだろう。


「例えば光らせたり、例えば色を付けた水を入れたり、ペットボトルはなんにでも利用出来る。しかも、使い終わったものは全部無駄にならん。リサイクルが出来る。」

「凄い絵も、スカイツリーみたいな建物も、お金があったら誰でも手に入れることができるやろ。
でも、このペットボトルで作ったスカイツリーは違う。お金じゃ建てられない。お金じゃないねん。」

「ただ面白いからやってるだけや。」

ふと海風が吹いた。本物のスカイツリーだと大問題だろうけど、大阪のスカイツリーは大きく揺れてカラカラと鳴った。空気が入ったペットボトル同士が奏でる音は、なんだかとても心地よい音だった。



〜〜〜〜〜



山本さんの、面白いと思うと止まらない性格は以前からのようだ。
実はあのペットボトルの作品の横には、こんな施設がある。自作の花鳥園だ。


面白いから、それだけの理由でなんと私設の花鳥園を作ってしまったのだ。観覧料金は無料、山本さんと遭遇出来れば誰でも自由に観ることが出来る。


ペットボトルからするとこちらは多少お金がかかっていそうだが、その檻はほとんど手作りのようである。その手間を考えると、途方もなさそうだが、それも全て「面白いから」なのである。




「ここにおるんは、鳥だけやないんやで。ほら、こっち来てみい」

えっ、と思って外を向くと、こんな動物が走ってきた。


なんてことはない。ただの犬だ。





かわいい。
「かわいい」
「いい犬だろ」 
「いい犬ですね」




~~~~~






犬あり、鳥あり、ペットボトルあり、楽園のような山本さんの遊び場は花で溢れていて美しい。



「山本さんって、おいくつなんですか?」
「いくつに見える??」

来た、こんな風にお年寄りに尋ねたときのお決まりの返し”いくつに見える”だ。でも、楽しそうな顔は若々しくてその年齢は全く予想出来ない。

「ううーーーん、ごめんなさい、本当に分からないです。」
「82歳や」
「えええ!凄いですね、全然そんな風に見えません、ほんとに。
「良く言われるよ!」

ニヤリと笑い、山本さんは味のあるカウボーイ・ハットをかぶりなおした。



「とりあえず、もっと高いタワーを作ってみたいな。」

「ペットボトルは、もっともっと利用されるべきやと思うねん。使い終わって捨てるだけじゃない。そういうことを知ってもらう為に、小学生とかと一緒に作るのもええな。」

「花とか果実を沢山育ててるねん。ここに来た人に振る舞えるようにしたいな。」

「せっかくここにスペースがあるんやから、ライブとか、イベントとか…」

「とにかく面白いことがしたい!」

これから何がしたいですかと尋ねると、山本さんの考える「面白いこと」の話は次から次から溢れ出てきた。これらは全部、80を超える老人が言っている夢だ。
凄いなあ、と単純に思った。普通に考えて、山本さんの残された時間も体力も、若者と比べると圧倒的に少ないだろう。それなのに例えば私でいうと、諦めてしまうことも妥協することも多い。

でも、山本さんなら全部夢を叶えてしまうような気がする。
そして、叶う夢と叶わない夢の違いは、お金を持っているとかそんなものではないと思う。

では、なんだろう?分からないけど。




スカイツリーの先端は良く見ると曲がっていたし、見る人が見れば酔狂な老人だと思うかもしれない。ただ、夢を追う老人はとても楽しそうだ。

スカイツリーのカラカラという良い音が、自分の中でもしばらく鳴り響いている気がした。

(2015.4)



堺旧港北波止場
590-0986 大阪府堺市堺区北波止町13